「好きな音楽」なら、BGMの効果は変わる?

「この曲を聴くと落ち着く」

「この音楽を聴くと元気になる」

「この曲だけは、なぜか昔を思い出す」

私たちにとって音楽は、単なる「音の並び」ではありません。

同じ曲を聴いても、ある人には心地よく、別の人にはうるさく感じられる。

ある曲を聴くと仕事がはかどる人もいれば、逆に気が散ってしまう人もいます。

この違いを考えると、BGM研究で非常に重要なテーマが見えてきます。

それが、音楽の好みです。


「良い音楽」と「自分にとって良い音楽」は違う

例えば、

「仕事中に聴くならクラシックがおすすめ」

という話を聞いたことがあるかもしれません。

確かにクラシック音楽を好む人にとっては、心地よいBGMになるでしょう。

でも、クラシックを普段まったく聴かない人にとってはどうでしょうか。

「集中できる」というより、

「この曲、何だろう?」

と気になってしまうかもしれません。

つまり、

一般的に評価されている音楽

と、

自分にとって心地よい音楽

は同じではありません。

BGMの効果を考えるときには、音楽そのものの特徴だけでなく、それを聴く人との関係を見る必要があります。


音楽は「記憶」と結びついている

音楽の特徴的なところは、私たちの記憶と強く結びついていることです。

昔よく聴いていた曲を久しぶりに耳にすると、突然、その頃の情景がよみがえることがあります。

学生時代に聴いていた曲。

初めて一人暮らしをした頃の曲。

家族とよく聴いた曲。

若い頃に好きだった歌。

ほんの数秒聞いただけなのに、当時の空気まで思い出すことがあります。

これは音楽が、単なる音ではなく、個人的な経験や感情と結びついているからでしょう。

そのため、同じBGMでも、聴く人によって意味が大きく変わります。


「好きな曲」は気分を変える

好きな音楽を聴くと、気分が良くなる。

これは比較的イメージしやすいでしょう。

仕事や勉強を始める前に好きな音楽を聴いて、気持ちを切り替える人もいます。

運動するときにテンポの良い音楽を聴く人もいます。

落ち着きたいときに静かな音楽を選ぶ人もいます。

つまり音楽には、

「今の自分を、少し違う状態へ移動させる」

ような働きがあります。

心理学的に言えば、音楽によって気分や覚醒度が変化し、その結果として行動にも影響が出る可能性があります。


では、「好きな音楽」をBGMにすればいいのか?

ここで少し難しい問題が出てきます。

好きな音楽には、良い面があります。

気分が良くなる。

退屈しにくくなる。

やる気が出る。

しかし、好きだからこそ、音楽そのものに注意が向いてしまうことがあります。

例えば、仕事をしながら大好きな曲を聴いていたら、

「この曲の次は、あの曲かな」

「この歌手の声、やっぱりいいな」

「この部分が好きなんだよな」

と、いつの間にか音楽を楽しむことが目的になってしまう。

そうなると、BGMとしては少し役割が変わってきます。


「好き」と「気にならない」は違う

ここは、BGMを考えるうえで非常に面白いところです。

私たちは、

好きな音楽なら集中できる

と思いがちです。

しかし、実際には、

好きだから集中できる場合

と、

好きだから気になってしまう場合

の両方があります。

例えば、掃除をしながら好きな音楽を聴く。

これは相性が良いかもしれません。

掃除そのものは比較的単純な作業だからです。

一方で、難しい文章を書くときに大好きな曲を聴く。

これは、場合によっては注意を奪われる可能性があります。

つまり、

音楽の好みだけではなく、仕事の種類との組み合わせが重要

なのです。


音楽の好みには「その人らしさ」も表れる

もう一つ興味深いのは、音楽の好みそのものが、ある程度その人の個性と結びついていることです。

普段どんな音楽を聴くのか。

どんなテンポを好むのか。

歌詞を重視するのか。

楽器の音を好むのか。

静かな音楽が好きなのか、刺激的な音楽が好きなのか。

こうした違いは、BGMの反応にも関係します。

だから、

「万人に効くBGM」

を作るのは難しい。

10人にとって快適な音楽が、11人目には不快かもしれません。


店舗のBGMでは「個人差」がもっと複雑になる

ここで、店舗のBGMを考えてみましょう。

店側は、

「できるだけ多くのお客様に心地よい音楽を」

と考えます。

しかし、来店する人の音楽の好みはバラバラです。

年齢も違う。

文化的背景も違う。

普段聴いている音楽も違う。

そのすべてに合う音楽を選ぶことはできません。

ではどうするか。

ここで重要になるのが、

「好きになってもらう音楽」ではなく、「邪魔にならない音楽」

という考え方です。


BGMでは「無難さ」にも意味がある

例えばホテルのロビー。

そこで非常に個性的な音楽が大音量で流れていたら、音楽が好きな人には面白くても、そうでない人には落ち着かない空間になるかもしれません。

一方で、控えめで、多くの人が強い好き嫌いを持ちにくい音楽なら、背景として機能しやすい。

つまりBGMでは、

「すごく好き」

を狙うより、

「特に気にならないけれど、なんとなく心地いい」

を狙うことにも意味があります。

これは、音楽を「主役」ではなく「環境」として考える発想です。


もちろん、「音楽を主役にする場所」もある

ただし、すべての場所で「目立たない音楽」が良いわけではありません。

ライブハウスなら、音楽が主役です。

バーでも、音楽そのものを楽しむことが目的になる場合があります。

イベントなら、音楽によって盛り上がりをつくることが重要でしょう。

このような場所では、

音楽を積極的に聴いてもらう

こと自体が目的です。

つまり、

BGMなのか、音楽体験なのか

によって、設計思想が変わります。


高齢者施設では「好きだった音楽」が特別な意味を持つ

音楽の好みを考えるとき、特に興味深いのが高齢者施設です。

高齢者にとって、若い頃に聴いていた音楽には、長い人生の記憶が結びついていることがあります。

例えば、ある曲を聴いた瞬間に、

「昔、よくこの曲を聴いた」

「この頃はこんな生活をしていた」

「この歌手が好きだった」

という記憶がよみがえる。

ここでは、音楽は単なるBGMではありません。

その人の人生に触れる刺激

になります。

だから高齢者施設では、「一般的に高齢者が好む音楽」を考えるだけでなく、その人自身がどんな音楽を聴いてきたのかを知ることに意味があります。


「その人にとっての音楽」を考える

ここまで考えると、BGMの設計で大切なのは、

「このジャンルが良い」

と決めることではないと分かります。

むしろ、

「この人にとって、この音楽はどんな意味を持っているのか?」

という視点が重要です。

音楽には、個人の記憶があります。

経験があります。

好みがあります。

時代があります。

そして感情があります。

だからこそ、音楽は他の環境刺激とは少し違う働きをするのです。


BGMの効果は、「音」だけでは決まらない

ここまでのシリーズでは、

テンポ。

歌詞。

音量。

そして今回は音楽の好み。

これらを一つずつ見てきました。

すると、BGMの効果は、単純に「この曲だからこうなる」とは言えないことが分かってきます。

例えば同じ曲でも、

音量が小さい
→ 背景として聞こえる

音量が大きい
→ 注意を引く

同じテンポでも、

好きな曲
→ 心地よい

嫌いな曲
→ ストレスになる

同じ歌詞でも、

会話中
→ 邪魔になる可能性

音楽を楽しむ場
→ 楽しい刺激になる

というように、条件によって意味が変わります。


「誰に聴かせるか」が、BGMではとても重要

BGMを選ぶとき、

「どんな音楽が良いか?」

と考えるだけでは足りません。

もう一つ、

「誰が聴くのか?」

を考える必要があります。

子どもなのか。

若者なのか。

高齢者なのか。

従業員なのか。

お客様なのか。

一人なのか。

大勢なのか。

そして、

何をしている人なのか?

食事をしているのか。

会話をしているのか。

仕事をしているのか。

休んでいるのか。

買い物をしているのか。

そこまで考えて初めて、その場所に合ったBGMが見えてきます。


BGMは「音楽と人との相性」を考えるもの

結局のところ、BGMの効果は、

音楽 × 人 × 場所 × 目的

の組み合わせで決まるのではないでしょうか。

だから、

「この音楽にはリラックス効果があります」

という説明だけでは不十分です。

より重要なのは、

「誰にとって、どのような状況で、その音楽がどんな働きをするのか?」

という問いです。

音楽には、人を一律に変える力があるわけではありません。

むしろ、人と音楽の間にある関係によって、働き方が変わる。

そこにBGM研究の難しさと面白さがあります。


「好きだけど、気にならない」

BGMについて考えていると、最後に一つの理想的な状態が浮かんできます。

それは、

「好きだけれど、気にならない」

という状態です。

嫌いではない。

うるさくもない。

でも、空間にいると少し気分がいい。

音楽を止めたら、

「なんとなく寂しくなった」

と感じるくらい。

このくらいの距離感なら、音楽は主役にならず、それでも確かに空間を支えることができます。

BGMとは、もしかすると、

「聴かせる音楽」と「聴かない音」の間にある音楽

なのかもしれません。

さまざまなシチュエーション、目的に応じて

きめ細かい視点で、音楽を変えていくことが大切ですね。

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