BGMには、人の行動を変える力がある?

カフェに入ったとき、まず何に気づくでしょうか。

店内の明るさ、香り、インテリア、店員さんの雰囲気。
そして、もしかすると、その奥から流れてくる音楽にも、知らないうちに影響されているかもしれません。

「この店、なんとなく落ち着くな」

そう感じたとき、その理由を音楽に求める人はそれほど多くないでしょう。

でも、もしその店で流れている音楽を突然止めたらどうでしょう。

さっきまで気にならなかった「静けさ」が、急に気になってくるかもしれません。

逆に、音楽が少し大きくなったらどうでしょう。

「なんだか落ち着かない」と感じたり、隣の人との会話がしづらくなったりするかもしれません。

私たちは普段、BGMを意識していません。

けれど、意識していないことと、影響を受けていないことは、同じではありません。


BGMは「背景」にあるからこそ面白い

BGMという言葉には、「背景」という意味が含まれています。

主役は料理だったり、会話だったり、買い物だったり、仕事だったりします。

音楽は、その後ろにいる。

ところが心理学や消費者行動の研究を見ていくと、この「後ろにいるはずの音」が、人の心理や行動に影響することが分かってきました。

例えば、レストランでは音楽のテンポによって滞在時間が変化することがあります。

速いテンポの音楽と遅いテンポの音楽では、人の行動するペースそのものが変わることがあるのです。

考えてみれば、不思議なことです。

音楽は私たちに、

「もっとゆっくり食べてください」

とも、

「そろそろ帰ってください」

とも言っていません。

それなのに、流れている音楽のテンポによって、私たちの行動のテンポまで変わる可能性がある。


音楽は「気分」を変えるだけではない

音楽の効果というと、まず「気分が良くなる」「リラックスする」ということを思い浮かべます。

もちろん、それも重要です。

しかし研究を見ていると、もう少し複雑なことが起こっています。

音楽は、私たちの**覚醒度(arousal)**を変化させます。

ここでいう覚醒度は、「眠いか、興奮しているか」という心身の活動レベルのようなものです。

例えば、静かで穏やかな音楽を聴いていると、気持ちが落ち着いてくる。

一方、リズムのはっきりしたテンポの速い音楽を聴くと、少し気分が高揚する。

こうした変化が、注意や行動にも影響する可能性があります。

つまり、

音楽 → 気分が変わる → 行動が変わる

だけではなく、

音楽 → 覚醒度が変わる → 注意の状態が変わる → 行動が変わる

という経路も考えられるわけです。


「集中できるBGM」という言葉には少し注意が必要

「集中できるBGM」という言葉を、私たちはよく目にします。

動画サイトにも、作業用BGM、集中用BGM、勉強用BGMなど、さまざまなものがあります。

でも、研究を調べると、

BGMを流せば誰でも集中力が上がる

とは言えません。

むしろ、仕事の内容によっては音楽が邪魔になることもあります。

例えば文章を書いているときに、歌詞のある音楽が流れていたらどうでしょう。

自分が書いている文章と、音楽の歌詞。

どちらも「言葉」です。

そのため、脳にとっては競合する情報になってしまう可能性があります。

一方で、単純な作業を延々と続けるような場面では、BGMが退屈を和らげ、作業を続けやすくしてくれることがあります。

ここから見えてくるのは、

BGMは「集中力を上げる道具」というより、「その人が置かれている心理状態を調整するもの」なのではないか

という考え方です。


「良いBGM」は、人によって違う

さらに面白いのが、音楽の好みです。

「この曲を聴くと落ち着く」という人もいれば、「この曲を聴くと落ち着かない」という人もいます。

同じ音楽でも、人によって反応が違う。

これは当たり前のことのようですが、BGMを考えるときには非常に重要です。

例えば、

「集中するにはクラシックがいい」

という情報があったとしても、クラシックを普段ほとんど聴かない人にとっては、それが最適とは限りません。

好きな音楽なら気分が良くなるかもしれない。

しかし、大好きな曲なら、逆に曲そのものに注意が向いてしまうこともあります。

つまり、

「好きな音楽」=「集中できる音楽」

でもない。

ここにもBGMの面白さがあります。


BGMを考えることは、人を考えること

ここまで研究を見ていると、BGMの話は結局、「どんな音楽を流すか」という話だけではないことに気づきます。

レストランなら、

「お客様にどんな時間を過ごしてほしいのか」

という話になります。

カフェなら、

「会話を楽しんでほしいのか、一人でゆっくりしてほしいのか」

という話になります。

オフィスなら、

「従業員にどんな仕事をしてほしいのか」

という話になります。

高齢者施設なら、

「安心して過ごしてほしいのか、活動性を高めたいのか」

という話になります。

つまり、

BGMを考えることは、その空間にいる人の状態を考えること

なのです。


「音楽を流す」のではなく、「環境をつくる」

そう考えると、BGMの役割が少し違って見えてきます。

BGMは主役ではありません。

料理の味を邪魔しない。
会話を邪魔しない。
仕事を邪魔しない。

それでいて、空間の雰囲気を支える。

ときには、人の行動を少しゆっくりさせる。
ときには、眠くなりすぎないようにする。
ときには、緊張を和らげる。

そんなふうに考えると、BGMは**音楽そのものというより、「環境をつくるための一つの道具」**なのかもしれません。

そして面白いのは、その効果の多くが、私たち自身にはあまり意識されていないことです。

「この音楽を聴いたから、私はゆっくり食事をしている」

と考える人は、ほとんどいません。

それでも、音楽のテンポに合わせるように、行動のペースが少し変わっている可能性があります。


だから、BGMは「なんとなく」で選ばない方が面白い

もちろん、好きな曲を流すだけでもいい。

BGMは楽しむためのものでもあります。

でも、もし店舗や施設、職場などでBGMを使うのであれば、

「この場所では、どんな状態になってほしいのか」

というところから考えてみると、音楽の選び方は大きく変わってきます。

テンポはどうするか。

歌詞は必要なのか。

音量はどのくらいにするか。

その音楽を聴く人は誰なのか。

朝なのか、夜なのか。

一人で過ごす場所なのか、会話をする場所なのか。

こうして考えていくと、BGMは単なる「背景の音」ではなくなります。

人と空間の間にある、目には見えない環境の一部になってくるのです。

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